二葉亭四迷論
目次
はじめに
一、「小説総論」
二、「浮雲」 a、「浮雲」
b、中村光夫氏の批評
c、近代的自我史観の批評
三、【其面影」
四、「平凡」
はじめに
この批評は、日本近代文学の出発点である「浮雲」を日本精神史の一段階として規定することを目的としている。文学の生命をなす様々の芸術的特質や登場人物の個性には触れていない。いわば骸骨のような批評である。生きた芸術作品を冷たい論理の手で扱うこのようなやり方は非文学的とも思われようが、作品に対する敬意と考えることもできる。力強い内容を持つ作品だけがこのような扱いに耐えるのであるし、偉大な才能は読者の感性的な理解だけでなく理論的理解を求める権利を持つ。従来の批評も「浮雲」にたいしてはこのようなアプローチを試みてきた。芸術的特質や登場人物の個性を理解するために作品の理論的分析を必要とするほどの作品だけが、近代文学の出発点になりうる。
「浮雲」は、明治文学のみならず日本近代文学の全体を理解するための鍵となる作品である。作品分析には平凡な事実の細かな詮索が必要である。第一に、日本資本主義の形成期という時代を反映して、作品の内的必然性が分り易い形式を持つほどに展開されていない。未成熟な社会的関係が、時間をかけ厳密に考え抜かれてまとめられており、発生期の卵細胞のように、単純な外見のうちに豊かな規定を未分化な形式でふくんでいる。だから、その内的必然=本質を正確に把握するには、細胞内部での細かな詮索が必要である。第二に、平凡な事実の細かな詮索が、従来のあらゆる批評とのあらゆる細部に渡る対立的結論に達するからである。従来の批評との方法的・内容的対立を明らかにするために、できるだけ論理の飛羅を避けなければならない。
「浮雲」を精神史の一段階として規定するこの批評は、作品が含む内容だけを、つまり何が書かれているかを表示することだけを目的にしている。書かれている内容に我々の精神を付け加えること、作品から有益な教訓や現代のための一般論を引き出すことは無意味である。我々は、作品から高尚な世界に飛び立つことでなく、作品の背後にある精神史の世界に沈潜することを批評の意義とも楽しみとも考えている。従来の批評に慣れた人には平凡な内容の退屈な詮索と思われるだろう。しかし従来の批評の難しげな世界に飽きた人は、むしろこのような分析に思想の自由を感じることができるだろう。
一、「小説総論」
日本文学が近代文学として成立するための基本的課題は、戯作文学に代表される勧善懲悪思想を克服することであった。この非常に困難な歴史的課題にはじめて本格的に取り組んだのが坪内逍遥である(1)。「小説神髄」の緒言に「しいて勧善の主旨を加えて人情をまげ、世態をたわめて、無理なる脚色をなす」戯作者流の「蒙を啓きて、わが小説の改良進歩を今より次第に企図て」とある。鉄道や鹿鳴館の時代には、封建道徳の擬人化や中世的化物は不自然なつくりものに見える。新しい明治の現実がありのままの真実として写実を要求し、逍遥は時代の要請にこたえて空想から現実へと認識をおし進めた(2)。
逍遥が、戯作に代わる新しい小説の主眼としたのは、「世の人情と風俗をば写す」ことであった。さらに「人間という動物には、外に現る外部の行為と内に蔵れたる思想と、二条の現象あるべき筈たり」、「よしや人情を写せばとて、其皮相のみを写したるものは、まだこれを真の小説とはいふべからず。其骨髄を穿つに及び、はじめて小説の小説たるをみるなり」と写実をより深く規定している。戯作の画一的人物像に対して、明治の複雑な人間心理の描写が対置されている。
(1)「在来の常識では明治小説の歴史がここから始まるとされている通り、近代小説の概念を始めて我が国で確固とした形で移入し、同時にそれを実地に適用して見せた若い逍遥の功績の画期的意義はどんなに強調してもよいことです」(中村光夫著「日本の近代小説」岩波新書33頁)
(2)歴史の必然が人間の脳を通過するには非常な苦闘を必要とする。戯作文学に対する逍遥、逍遥に対する四迷の批判はその頂点をなす部分である。明治維新以後の歴史の変動が知識人にどれほどの試練を与えたかを、戯作者仮名垣魯文の個人的運命に見ることができる。彼は必死の努力にもかかわらずついに戯作を脱することが出来なかった。「小説神髄」に到達するにも西洋文学に対する深い教養が必要であったし、さらに「小説総論」や「浮雲」に飛躍するには、生みの苦しみに耐えるだけの偉大な才能が必要であった。
「小説総論」はこのような逍遥の理論と「当世書生気質」の限界を克服すべく「当世書生気質」論の序文として書かれた。短い文章の中に逍遥の弱点を克服するリアリズム論の基礎が手際よくまとめられている。「凡そ形(フォーム)あれば茲に意(アイデア)あり」という冒頭の規定が理論の基礎であり、逍遥からの飛躍点である。
逍遥は写実を主張し戯作に比べて写実に近づいたが、近代文学理論としての写実論を展開したのではなく作品としても実現できなかった。現実は無限に複雑な諸関係を内包し、しかも戯作を過去の遺物にしてしまったように運動する有機体であるから、ほんとうの困難はこの現実をどのようにして把握するかにある。したがって、近代文学理論としてのリアリズムは、写実の提唱ではなく、写実とは何か、あるいは現実とは何かが出発点になる。
現実把握の理論的基礎が、形(フォルム)と意(アイデア)への現実自身の二重化である。逍遥は人情を二重化したが、四迷の言う写実論の二重化は「老若男女善悪正邪の心の内幕」をその複雑さのまま形(フォルム)とし、その背後に個別的心理とは区別された、個別心理の本質をなす客観的実体を認める。これが意(アイデア)であり、個別心理を通してアイデアに達することをもってはじめて「其骨髄を穿つ」と考えるのである。
小説に模写せし現象も、勿論偶然のものに相違なけれど、言葉の言廻し、脚色の模様によりて、此偶然の形の中に明白に自然の意を写しださんこと、是れ模写小説の目的とする所なり(3)
逍遥の言う複雑な人情世態によって曖昧にされた人情世態の本質を、人情世態の脚色によって(これは理論に対する芸術の特質の規定である)明白に写し出すことが写実である。逍遥には偶然の脚色によって写し出すべき第二の現実、アイデアに対する意識が欠けている。
(3)二葉亭四迷全集 第五巻 1981年 岩波書店 以下、引用文は全てこの全集による。
(4)明治二十三年の日記に「リアリチーとは現実に形はれたる真理を言ふなり」(第六巻63頁)と四迷は書いている。逍遥にはこの「リアリチーとは」という意識がない。
「小説神髄」の理論的弱点は「当世書生気質」に作品として実現された。書生の人情世態は十分な力量で描写されており逍遥の理論レベルでの写実の要求を満たしている(5)。この作品に欠けているのは人情世態の「脚色の模様によりて」描写されるべき必然である。現象が羅列され、偶然は偶然のまま放置されている。逍遥は現象羅列の退屈さを克服するために第三篇で必然性を構成しようとしたが、結局肉親探しという使い古された大団円に落ち着いた。四迷はこれを「是れ所謂意の発達、論理に適はざるものにて、意ありと雖も無に同じ。之を出来損中の出来損とす」(第五巻11頁)と評している。この場合逍遥は現象羅列から主観的構成へと一歩後退してしている。
(5)「小説総論」には「浮世の形を写すさへ容易なことではなきものを、況てや其意をや。浮世の形のみを写して其意を写さざるものは下手の作なリ。写して意形を全備するものは上手の作なり。」とある。浮世の形を逍遥ほどに描くのも容易ではない。しかし、意の描写を基準にする場合、逍遥の作品は「下手の作」である。
現象を主観的にでなく、現実そのものの「意の発達、論理」によって構成するのがリアリズムである。書生の人情世態は、明治社会の基本的動向を表現するように構成されねばならない。明治社会が彼らのために現実に準備しつつあった大団円は、肉親との再会という戯作者流の感動的場面ではなく、「浮雲」に描かれているような散文的結末であった。現実の必然は、かつて戯作を古臭くしてしまつたように、逍遥的な気楽な書生生活を一時的で、部分的な生活にしてしまう。「小説神髄」が人情世態の背後にあるアイデアにどんな形でも考え及ばなかったし、「当世書生気質」は明治社会の必然を描写できなかった。だから逍遥は戯作を批判し、写実を提唱したにもかかわらず、理論に於ても作品に於ても近代文学の出発点とは言えない(6)。
(6)逍遥の理論が写実論とは言えないにしても戯作を否定して現実の表象的認識に至り写実論の入口を清めたのは逍遥の歴史的功績である。戯作からリアリズムヘの不可欠な段階であり、だからこそ四迷はこれに取り組んだ。写実の抽象的主張という同じ形式を持つ自然主義とは歴史的役割において対立的である。自然主義は、「小説総論」の成果から後退し、アイデアという本質的概念を瑣末な実証によって覆い隠そうとする(自然主義はこれを意識しない。正確に言えば意識できない。彼らの意図ではなく理論の果たした歴史的役割が問題である。)理論上の反動である。自然主義者が逍遥を自分の先駆者だと考えたのは、一部は逍遥の抽象性に責任があるとはいえ、本来濡れ衣というべきものである。もちろん、四迷までが自然主義の先駆者だなどと考えるのはリアリズムの無理解によるまったくの見当違いである。
写実論の基礎を知らない逍遥は、写実論の派生的問題である芸術の価値や目的についても理論化できなかった。彼は「小説をもて教育の一方便のように思う」勧善懲悪を批判し、芸術の独立的価値を根拠づけようとしている。芸術が道徳的教化や政治的宣伝の手段でなく、一般に他の目的に従属する手段でない独立価値であることは言うまでもない。しかし、「只菅人の心目を娯しましめて其妙神に入らんことを『目的』とはなす筈なり」として、形式的完全性を芸術の目的とすることはできない。あらゆるものが独自の目的を果たすために形式的仕上げを目的としている。内容と形式の一般的関係を芸術の目的として掲げるのは無意味である。そのために逍遥は形式的仕上げとは別に内容目的として「読者をして自然に反省せしむるもの」「暗に良心を喚起するの方便」として、一度否定した「教育の一方便」を再び持ち込むことになった。
逍遥の写実は個別的現象の写実である。価値は個別的価値としての教訓である。目的は形式である。逍遥はアイデアを知らないために個別的規定を越えられない。様々の側面から芸術の本質に迫ろうとしながら、未だ理論の世界に入っておらず、博識と常識的判断の羅列に留まっている。
「小説総論」のリアリズム論は逍遥の混乱を一挙に片付ける。
夫の勧懲小説とは如何なるものぞ。主実主義(リアリズム)を卑んじて、二神教(ヂァリズム)を奉じ、善は悪に勝つものとの当推量を定規として、世の現象を説んとす。是れ教法の提灯持のみ。小説めいた説教のみ。豈に呼で真の小説となすにたらんや。」(第五巻 10-11頁)
教訓にリアリズムが対置されている。写実によって何らかの価値をもつのではない。写実自体が価値であり目的である(7)。芸術の価値や目的は写実概念の中に含まれており、写実そのものが、説明されるべき内容をもっている。写実の規定はリアリズムの基礎であるとともに、その全内容を満たす。
「小説総論」では写実は偶然によって必然を示すという基本原理が示されているだけである。「小説総論」の中に写実の具体的規定を押し込むことはできもしないし必要もない。形(フォーム)と意(アイデア)への二重化は、非常に豊かで複雑な概念であって、その具体的内容は日本文学史全体によって展開さるべきものである。四迷の段階における写実の具体的内容は「浮雲」の分析によって展開できる。そして、「小説総論」の重要な規定が今では常識的な言葉になっているにもかかわらず、勧善懲悪からリアリズムヘの跳躍がいまだに果たされていないことも明らかになるだろう。
(7)「『小説神髄』の主張はここで一役と具体化して次のように定式化されます。『小説は芸術である。しかし芸術であるためには、小説は写実的でなければならない。』そしてこの主張は当然、さきに述べた芸術の自律的価値と表裏一体をなすものです。なぜなら、純粋な写実は、それ自身を目的とするほかなく、何等か他の目的や意図を持つことは、それだけで写実を歪めるからです。(中村光夫 前掲書39頁)我々は中村氏とは違って「純粋な写実」など問題にしない。「純粋な写実」が意味を持つとすれば、他の目的や意味を持たないということ以外になく従って中村氏の文章は単純な同語反復である。「純粋な写実」とう言葉によって、中村氏が逍遥と同じように写実の内容規定に無関心であることがわかる。