ここに掲載する文章は、1995年3月に出版した『漱石作品論』の概観として書いたもので、ニフティの文学フォーラム、13番会議室にアップしたものに、多少手を加えたものです。分析抜きに結論をならべた概観ですので分かりにくい部分も多かろうと思います。
この概観と『漱石作品論』の文章がどんな関係にあるかを示す実例として、概観の終りに、『漱石作品論』のなかの『彼岸過迄』の全文を掲載しました。これは、漱石の作品のなかでも特にひろく読まれている『こころ』を理解する鍵となる作品です。『彼岸過迄』と『行人』は、漱石が何を描こうとしているのか分かりにくい作品ですが、これらの作品は漱石が新たな飛躍をするために、心血を注いだ作品であって、これらの作品の理解なしには、『こころ』の内容にはまったく届きません。この作品から、『行人』、『こころ』へと非常な勢いで内容が深化していきます。
出版案内『漱石作品論』上・下 赤嶺幹雄著
- 概観
- 吾輩は猫である
- 坊ちやん
- 草枕
- 野分
『野分』ノート(一)
『野分』ノート(二~三)
『野分』ノート(四~八)
『野分』ノート(九~十二)
『野分』メモ - 虞美人草
『虞美人草』ノート(一~五)
『虞美人草』ノート(六~十)
『虞美人草』ノート(十~十五)
『虞美人草』ノート(十六一~十九)
『虞美人草』の批評
正宗白鳥(1908,28年) /唐木順三(1931年) / 片岡良一(1950,53年)/
瀬沼茂樹(1962年) /平岡敏夫(1965年) /越智治雄(1968,9) - 三四郎
『三四郎』ノート1
『三四郎』ノート2
『三四郎』ノート3 - それから
『それから』ノート1
『それから』ノート2
『それから』ノート3 - 門
- 彼岸過迄
- 行人
- こころ 1
- こころ 2
『こころ』ノート – 先生と私(一~十)
『こころ』ノート – 先生と私(十一~二十)
『こころ』ノート – 先生と私(二一~三六)
『こころ』ノート – 両親と私(一~十八)
『こころ』ノート – 先生と遺書(一~十五)
『こころ』ノート – 先生と遺書(十六~三九)
『こころ』ノート – 先生と遺書(四十~五六) - 道草
- 明暗 1
- 明暗 2
- 彼岸過迄 1
- 彼岸過迄 2
- 彼岸過迄 3
- 彼岸過迄 4
- 彼岸過迄 5
・・・評論・・・
「文芸の哲学的基礎」
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